引き返そう、と言ったのは友達だった。
「なんか、空気が変だよな…」
その一言で、僕らは島の端へ向かって歩き出した。
海風が戻ってくると、少し安心した。
あのレストランの前だけ、妙に音が消えていたことに気づく。
浅瀬を渡りはじめたときだった。
足の裏に、ぴりっと鋭い痛みが走った。
「え?」
歩きながら足を上げてみると、
そこには細くまっすぐな切り傷がついていた。
何かに触れた覚えはない。
ガラス片も、岩も、何もなかったはずだ。
島にいたときは気づかなかったのに、
まるで“外へ出た瞬間に気づかされた”みたいだった。
友達も顔色を変えた。
「噂…本当だったのかな」
冗談めかして言う声が震えていた。
僕も笑えなかった。
怖いというより、
「何かに見られていた」ような妙な感覚が消えなかった。
海を渡り切ったとき、振り返ると、ひーとぅー島は静かにそこにあった。
風も、波も、さっきまでのことを否定するみたいに優しい。
けれど、僕の足の裏の切り傷だけが、
さっきの出来事が“現実”だったことを証明していた。
それ以来、あの島には二度と近づいていない。
でも、今でも時々思う。
――あの傷は、僕を追い返すためだったのか。
――それとも、何かを伝えようとしていたのか。
どちらにしても、
あの廃レストランの静けさは、
今も僕の記憶の中で、ざわざわと音を立て続けている。